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東京高等裁判所 昭和39年(う)1550号 判決

控訴人 小玉均 外一名

弁護人 石田享 外一名

検察官 福山忠義

主文

原判決を破棄する。

被告人両名を各罰金三千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三百円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。被告人両名に対し、公職選挙法第二百五十二条第一項の定める選挙権及び被選挙権を有しない期間を各三年間に短縮する。

原審における訴訟費用中証人照井良利、同庄子深造、同九島徳三郎、同宮下薫、同佐藤ヨシ、同本田昌之、同平林滋子、同高橋厚子、同大沢三郎、同川上允及び同中台一郎に支給した分は、全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

控訴の趣意は、被告人三浦弥世子提出の控訴趣意書、被告人両名の弁護人橋本紀徳及び同小池通雄が連名で提出した控訴趣意書並びに同石田享提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

石田弁護人の控訴趣意について。

所論は、公職選挙法第百四十六条第一項及び第二百四十三条第五号にいわゆる頒布とは、所定の文書図画を無償で交付することを意味し、販売すなわち有償で交付することを含まないと解すべきであるから、原判決が被告人らが本田昌之ほか二名に対し原判示パンフレツト三部を各一部十円で売渡した行為を右各法条にあたるとして処罰したことは、法令の解釈適用を誤り、ひいては憲法第三十一条の規定にも違反したものである等と主張するものである。

しかし、公職選挙法第百四十六条第一項は、同法第百四十二条及び第百四十三条と相俟つて、文書図画による選挙運動の公明を保つために、その頒布及び掲示を制限禁止するものであつて、要するに、法定外の文書図画が不特定又は多数の者の閲読可能の状態に置かれ、選挙運動としての効果を挙げることを防止することを期しているのであるから、所定の文書図画を事実上不特定又は多数の者の手許に届けて配付するか、不特定又は多数の者の手許に届け配付することが当然に期待されるような情況の下において一部の者の手許に事実上届けて配付する行為がある以上は、それが相手方に対し無償で配付される場合であると販売すなわち相手方の納得の下に相当の対価を得て配付される場合であるとを問わず、右第百四十六条第一項、従つてまた同法第二百四十三条第五号にいわゆる頒布にあたるものと解することが相当である(刑法第百七十五条がわいせつ文書等について頒布のほかに販売をも処罰の対象とすることを明定しているのに対し、公職選挙法の右各条項が販売について特記することをしなかつたのは、わいせつ文書等の場合は、対価を得てそれを譲渡することがむしろ常態として予想されるのに反し、選挙関係の文書等の場合は、それが販売の方法によつて頒布されることが、一般に予想されないことである等の事情によるものと解せられ、各法条の制定の趣旨に照らし頒布ということの意義を別異に解することは、やむを得ないことである。)。そして、原判示事実によれば、被告人らは、宮下薫方ほか四名方を戸別に訪問した際、そのうちの本田昌之方ほか二名方において携帯して行つた原判示パンフレツト三部を右三名に対し一部宛金十円で売渡して置いて来たことに帰するものであつて、これが頒布にあたることは明らかであるから、原判決には法令の解釈適用を誤つた違法はなく、その違法のあることを前提とする所論をも含めて論旨はすべて理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 足立進 判事 栗本一夫 判事 上野敏)

石田享弁護人の控訴趣意第二

原判決には、公職選挙法の解釈を誤り、実質上の立法を行い不当に被告人の人権を侵害した違法がある。

(一) 公職選挙法第二四三条、第一四六条は頒布を禁止するに止まり、販売は禁止の対象として規定していない。頒布と販売の概念の区別の要点は無償か有償かにある(刑法第一七五条参照)。公職選挙法第一四六条第一項は、実質上の刑法である。同条によれば、公選法が予想している選挙違反は無償で不特定多数人に文書図画を配布する行為であつて、売ることは考えていない。けだし、社会において一般人に悪どく印象を与えるものは、買収、供応、利益誘導、文書偽造等であり、それらの行為が公正であるべき選挙をゆがめ、情実によつて社会的に盲目の投票を誘発させ、当選後の議員の利権、腐敗、待合政治等の悪弊に連なるからである。公選法第一四六条第一項が販売を規定していないのは、有権者が自分で対価を払つて買いうける、売手が相当の対価を得て販売する行為は、選挙犯罪として考えるに価せずとして、基本的人権たる自由権(表現の自由、交換の自由)に委ねているからである。

(二) 仮りに公選法が販売をも禁止する規範である、としたならば、公選法は、頒布と並んで販売をも禁止の対象として明記しなければならない。特に、本件の公選法第一四六条第一項は同法第二四三条第五号によつて、単純な禁止規範に止まらず、実質上の刑法に属する構成要件規定であるから、人権保障のマグナ・カルタとしての罪刑法定主義の要請上、厳格な法的安全が必要であり頒布と並んで販売をも明記しない限り、販売を処罰することはできないと解するのが法律家及び一般市民の常識である。

(三) また、立法技術的にみても、公選法がもしも販売をも処罰せんとするならば、第一四六条第一項において頒布に続いて販売をも規定すればよいのである。至つて簡単なことである。それが、あえてなされていないのは前記(一)の如く、そこまで選挙違反とする必要がない、と考えられているからに外ならない、と解さざるを得ない。

(四) しかるに、原判決は、あえて、三権分立の原則に反する実質的立法を行い「売渡して頒布」なる誤つた法解釈上の認定を犯した。刑法典は刑事実体法の原則法規である。しかるに、そこでは頒布と販売とは、ともに不特定多数人に対する行為である点では共通するが、無償か有償かで決定的に異なる範疇として使用され、解釈されている。公選法第一四六条第一項も実質上の刑法規定であり、立法技術上の困難性も全然考えられない規定である。罪刑法定主義の大原則に忠実である限り、販売(有償)を頒布(無償)に含めることはできない。裁判官は立法者であつてはならない。原判決はこの点において明白な誤を犯している。本件この点に関する原判決部分は明らかに判決に影響を及ぼす法律違反が存するから、この点において原判決は破棄されなければならず、パンフレツトの販売は訴因自体が明らかに罪とならないものであるから、刑訴法第三三九条第一項第二号により公訴棄却の決定がなされるべきである。

(その余の控訴趣意は省略する。)

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